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「コスモドリーム」||包茎master.com [05/22update]

コスモドリーム wikipedia|無料辞書

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(北海道白老町)
|主 = 田邉廣己
|調 = 松田博資(栗東)
|績 = 13戦4勝
|金 = 1億5650万3300円
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コスモドリーム日本競走馬繁殖牝馬1988年優駿牝馬(オークス)で優勝した。
馬齢は旧表記(数え年)で統一する。

◆ 経歴

◇ 出生
母スイートドリームには、後ろに立った馬を蹴り上げようとする悪癖があり、高価な種牡馬を種付けするにはリスクが大きかった。それでも何とかモガミを種付けしたが不受胎。そこで、万が一蹴り飛ばされても損害が少ないという理由で種付けされたのが、当時上田牧場で自家用種牡馬兼当て馬をしていたブゼンダイオーだった。翌1985年にコスモドリームが誕生。誕生日は6月13日という遅生まれであった。

◇ 戦績
当時デビュー3年目の熊沢重文を背に、初戦から3戦はダートコースの競走ばかりを3戦1勝という成績だった。次走のチューリップ賞(当時はオープン特別)では、スタート直後に熊沢が落馬して競走中止。この後岡潤一郎に乗り代わって条件戦を勝ち上がり、オークスへ出走した。当時、岡はGI競走での騎乗条件規定である「通算31勝」を満たしていなかったため、本競走では再び熊沢が騎乗した。22頭立ての10番人気だったコスモドリームは、スタートで出遅れて後方からのレース運びとなる。しかし道中で徐々に進出、最後の直線で直線では鋭い伸び脚を見せ、マルシゲアトラスに1馬身半差を付けて優勝した。人馬ともに重賞およびGI競走初制覇、熊沢は加えて20歳3ヶ月でのオークス優勝となり、本競走の最年少勝利記録を更新した。
夏は休養せず、ローカル開催を転戦する。勝利こそなかったが、高松宮杯オグリキャップの3着に入るなど、古牡馬に互しての好走を続けた。しかし、秋緒戦として出走した京都大賞典で2着となった後、エリザベス女王杯へ向けての調教中に骨折。同競走を回避し、休養を余儀なくされた。
6ヶ月の休養後、翌4月末に復帰戦で勝利。次走に迎えた春のグランプリ宝塚記念では5番人気に支持された。しかし後方待機から直線で伸びず、14着と大敗。続く高松宮杯も9着に終わり、これを最後に競走生活から退いた。

◇ 引退後
引退後は北海道門別町の下河辺牧場で繁殖入り。リヴリアリアルシャダイなど活躍種牡馬との交配もあったが、目立った産駒は出ていない。2009年に繁殖からも引退。以後はむかわ町のフラット牧場で余生を送っている。

◆ 全成績