一方、ソレル自身はあくまでマルクス主義理論家であった。ソレルは
イタリアのマルクス主義の父
アントニオ・ラブリオーラと親交を持っていて、
フランス語に翻訳された「歴史の唯物論概念」についてのラブリオーラの
エッセイに序文を書いている。さらには主著の『
暴力論(『暴力に関する考察』) Reflexions sur la Violence,
1908年』第五版の付録として、《
レーニンのために Pour Lenine 》という題の論文を書いて憲法制定会議をボイコットして
社会主義を宣言したレーニンの行為を弁護し、
ロシア革命をたたえている。