退位後のロムルスは概して幸運だったといえるだろう。というのもロムルスが若かったがためにオドアケルは彼の命までは奪わなかったからだ。オドアケルは実の父でロムルスを帝位につけた
オレステスを殺害しているが、ロムルスとその家族は余生を過ごすために
カンパーニャに送っている。ロムルスの一家はそこで
恩給をもらって過ごした。ロムルスはオドアケルが敗れたあとも、新権力者となった
テオドリック大王に恩給をもらい続けることができた。ロムルスは何百年も続くことになる修道院を建てるなどの業績を残したが、
536年に
(東)ローマ帝国がイタリアの支配権を再獲得するときまで生き延びることはできなかった。
彼をローマ皇帝とみなしていいのかということに関してはよく議論される。東ローマ皇帝ゼノンもロムルスを皇帝とは認めていない。
ユリウス・ネポスがオレステスに475年にイタリアを追放された後も、ロムルスがオドアケルによって廃位されたあとですら、ゼノンや
ガリアに残ったローマ帝国の将軍たちはネポスを正統な皇帝であると考えていた。だが、現代では一般的にはネポスでなく、ロムルスが西ローマ帝国の最後の皇帝であるとみなされるといっていいだろう。