レコード・デビューまでわずか3ヶ月足らずというその過程について、
作詞家の
有馬三恵子は、「あんなにスムーズに新人歌手をデビューさせられた例は、他にない気がする」と語っている
[25周年記念ベスト『Cynthia Best 〜 Eternity』(1996.6.21、ソニーレコード)寄稿文より。]。そして「詩心を大いに刺激した」という南のために書かれた詞の中から、「
17才」がデビュー曲として採用され(タイトルは
酒井政利による)、
6月1日に「ソニーのシンシア」の
キャッチフレーズを持って歌手
デビュー。約54万枚の大ヒットとなった。尚芸名については有馬の進言により、レコード会社内アンケートで決まりかけていた名前が変更され、七夕の織姫に因んだ「沙織」とされた。
デビュー時の南沙織のインパクトについては、
写真家・
篠山紀信が「彼女の登場は、返還を目前とした沖縄のイメージ・アップのための国策歌手かと思ったくらい良かった。」と述懐している
[30周年CD-BOX『CYNTHIA ANTHOLOGY』(2000.6.7、ソニーレコード)解説本より。]。ただし、実際は沖縄返還に合わせてデビューしたわけではなく、のちに
音楽プロデューサー・酒井政利は「そのタイミングは、南沙織が持つ気運のひとつであったのではないか」と著書で書き記している
[酒井政利・著『プロデューサー -音楽シーンを駆け抜けて-』(2002年、時事通信社刊)より。]。また、「世代的共感を歌うアーティストの始まり
[沖縄タイムス(2002年5月15日発行)インタビュー記事より。]」「日本におけるアイドルの第1号
[『アサヒ芸能』(2008年10月16日発行、第63巻39号・通巻3137号)より。]」「元祖アイドル
[『現代用語の基礎知識2003』特別付録、室伏哲郎・著「ニッポン風俗・芸能グラフィティ」(2003年、自由国民社刊)より。][オリコンウィーク「The Ichiban」(1999年5月24日号)1000号特別記念付録「オリコン歴代シングルBEST1000」より。]」と評価されることもある
[あくまで「評価」の範疇である。実際のところ "アイドル" の定義は様々であり、具体的に誰が第1号かの答えは明言できるものでないと言える。]。