父である
笹川良一が創設した
競艇事業の運営団体である
全国モーターボート競走会連合会会長、財団法人日本造船振興財団(現
海洋政策研究財団)理事長などを歴任し、1989年に日本財団理事長に就任。2005年7月、前会長
曽野綾子の退を受け、会長に選任される。ボランティアや福祉などの様々な社会活動に参加している。自ら公益活動の前線に立って活動しているとのこと。国内・海外において政官学民に人脈を持つといわれる。
チェコの
ヴァーツラフ・ハヴェル大統領とともに続けているフォーラムは世界の著名人が集まり議論しているという。日本国内における事業展開は、
海賊対策、北朝鮮工作船の一般公開、
ホスピスナースの育成、犯罪被害者への支援ネットワークの構築などがある。また、2007年の
海洋基本法の制定に奔走。
ハンセン病制圧をライフワークとしている。父である
笹川良一もハンセン病の制圧に力を注いでおり、1965年
笹川良一に連れられ韓国のハンセン病療養所を訪問した際に活動を開始した。ハンセン病は治るという知識の普及に努めた。蔓延国などでハンセン病患者・回復者や政府の指導者、報道機関などと対話を進めている。2001年5月からWHOハンセン病制圧特別大使を務める。1990年代は、ハンセン病制圧の方法としてMDT(
多剤併用療法)という治療方法の普及に尽努めた。しかし、ハンセン病患者は治癒しても社会の偏見により就業や子供の教育において家族までもが差別を受けている。このことを問題視し、
人権問題をもあわせ持つ社会問題として捉えるべきだと提唱。2003年7月
国際連合人権高等弁務官事務所を訪問しこの問題を
国際連合人権委員会(現
国際連合人権理事会)で取り上げることを要請。2004年3月国連人権委員会本会議においてハンセン病による差別の問題を訴え、その結果、人権促進保護小委員会は同年8月ハンセン病と差別の問題を正式に人権問題として取り上げるための調査を行った。そして翌2005年8月と2006年8月の2度にわたり同小委員会において各国政府、国連機関などの対する現状改善のための勧告決議が全会一致で採択された。以来ハンセン病による社会問題解決のために奔走、2006年にはインドにおいてハンセン病回復者とその家族が自立して暮らす支援を行う「ササカワ・インド・ハンセン病財団」を設立した。同財団ではインド財界からの寄付金を募る活動も行っている。国際的なハンセン病制圧活動の実績により数々の賞が贈られた。日本政府からはハンセン病人権啓発大使を委嘱されハンセン病の制圧、人権外交に取組んでいる。
笹川は公益事業の推進において
ブログ(日本財団会長笹川陽平ブログ)で毎日の行動と思考を公開している。
[特殊法人等改革推進本部参与会議第43回議事概要、平成17年11月14日]また、誰もが公益活動に参加する社会が良いとし、CSR(
企業の社会的責任)活動として企業の社会活動への参加を呼びかけるウェブサイト(CANPAN CSRプラス)を立ち上げ、社会が国・
自治体、
NPO、企業のCSR活動が一体となる必要性を述べているとのこと。現在
産経新聞「正論」において論を展開
フジサンケイビジネスアイ紙にエッセイを執筆中。